・前玉,後玉ともに通常の目視では目立つ劣化は見られず見られずきれいな状態に見えますが、背後から強い光で照らすと絞り直前・直後のレンズ面に表面のコーティングの劣化と思われる薄い曇りが見えます。
・総合的な光学系の状態はおおむね良好だと感じます。実写例のように大変クリアな撮影結果が得られています。
・外観は目立つ傷もなく美品だと感じます。側面を4方向から撮影した高解像度画像を前述のリンク先に置きましたのでご確認ください。
・文字やマークの色はくっきりしていて見やすい状態です。
【可動部の状態】
・フォーカスリングは全周にわたって一定の手応えでスムーズに回転します。逆転時の遊びはなくピント合わせを正確にできます。ヘリコイドにラップ研磨処理を行ったため、回転時に指先にざらつきなどの違和感が伝わってくることはありません。
・絞り羽根に油の付着はなくきれいです。
・絞り羽根の動作はPENTAX MXボディに取り付けて確認しましたが,シャッターに連動して迅速に開閉しました。
・絞りリングはクリック感が良く、スムーズに回転します。
【このレンズの特徴等】
・クリアな撮影結果が得られ,F1.8では背景を大きくぼかしたふわとろ描写ができます。商品写真中にある写真でご確認ください。
・F8くらいまで絞ると高画素数のデジタル一眼で撮影しても画面の隅々までシャープだと感じる解像力の高い画像を得ることができます。
・最短撮影距離は0.45mです。
・PENTAX Kマウントのレンズです。
【分解整備の内容】
・内部のレンズ面に付着していたチリなどを可能な限り清掃しました。
・個々の部品に分解した際に水洗可能な部品はすべて洗剤による洗浄を行いました。表面に付いた汚れや古い油分を除去しました。
・フォーカスリングのヘリコイドに使用されていた古く汚れたグリスを除去し、ヘリコイドの溝の中までラップ研磨と呼ばれる方法で磨き上げ,溝の奥にたまった細かな汚れを取り除くとともにヘリコイド表面の荒れを改善し、表面をより平滑にしました。その後,粘度が適した新しいグリスを隙間なく充填しました。
・絞り環の回転にかかわる内部の部品について,残っていた古い固化気味の油分等を洗浄除去しました。その結果、より軽い力でクリック感良好に回転するようになりました。
・距離環と絞り環は多くの方に良好だと感じていただける操作感になっていると思います。
・PENTAX MXにマグニファイアを取り付けて確認しながら無限遠マークの中心で無限遠にピントが合うように調整しました。ミラーレス一眼にマウントアダプターを介して取り付けた場合は、そのマウントアダプターの設計や工作精度によって無限遠位置が異なりますが、オーバーインフの(無限遠マークのわずかに手前で無限遠にピントが合う)ものが多いと思います。マウントアダプターに取り付けて無限遠を精密に調整しても、その時使用したものでしか正確な無限遠が出ないためあまり意味がありません。そこで、フィルムカメラを基準にして調整しましたので、フィルムカメラで星や遠景の写真を撮影する場合に、フォーカスリングを∞位置に合わせただけでピントが合う状態になっています。
・無限遠調整は天体望遠鏡の接眼部に人工星を取り付けたコリメーターで高精度に行いました。
・入手当初は絞り直後の貼り合わせレンズ内にバルサム切れが見られましたので補修を行いました。その詳細は以下の項目で説明します。
【光学接着剤白濁の補修について】
・一度貼り合わせレンズを剥離して付着していた接着剤をきれいに除去しました。
・レンズの再貼り合わせは紫外線硬化型光学接着剤(Norland 光学接着剤 NOA63)で行いました。この接着剤はNorland Products社の数ある光学接着剤の中でもアクロマチックレンズやプリズムの貼り付けなどに適した特性をもつものです、
・最も難易度が高いのは貼り合わせ時に2枚のレンズの中心を正確合わせること(心出し)です。職人の方は指先の感覚でできるそうですが、私のような素人には簡単にはできません。そこで、今回出品した個体の場合は,光学接着剤を硬化させる前にテストチャート周囲のぼけによるにじみの量がすべての方向で均一になるまで調整を繰り返し、均一になったことを確認した時点で紫外線を照射して接着剤を硬化させました。
・2枚のレンズの心出しの状態は以下の方法で確認しました。出品した個体は、メーカー出荷時のレベルと同等の状態になっていると思います。
(1)遠景を撮影した画像の両端の解像度を比較することで片ぼけが発生していないことを確認。
※商品写真中にある片ぼけ点検画像でご確認ください。
(前述の実写例を置いたリンク先にある高解像度画像を強拡大して比較することもできます)
(2)絞り開放で撮影した画像でピントを合わせた部分がシャープに描写されているかを確認。
※貼り合わせの精度が悪いとピントのピークが見つからない状態になります。
(3)SONY α7RⅡでファインダーを12.5倍の拡大表示にして、絞り開放で自作したテストチャートをごくわずかだけピントを前後にずらし、ピンぼけ部分の広がりに偏りがないかを確認。前述のリンク先にある12.jpgがその確認用画像です。
・再貼り合わせに使用した接着剤は通販サイト等で見かける紫外線硬化型接着剤ではなく,レンズやプリズムなどの貼り合わせの用途専用に製造された紫外線硬化型光学接着剤です。光学接着剤は屈折率が適切に調整されていて白濁が起きにくい性質のものです。
※過去に入手したオールドレンズで、バルサム切れ補修の形跡を確認できたものが2点ありました。これらの2点はいずれも心出しの精度が不十分で絞り開放時に中心部でも像が流れる症状があり実用不能の状態でした。前述のリンク先にある11.jpgがそのうちの1つSuper-Takumar 50㎜ F1.4 前期型の様子です。また、別の1点はバルサムではなく接着剤で再貼り合わせを行っていましたが、広い面積で白濁が生じていました。製造後何年も経過して白濁が生じたため、一度そのレンズを剥離してクリーニング後に再張り合わせをしたものと思われます。その後に再度短期間で白濁を生じていることになりますので、おそらく光学接着剤ではない一般用途の紫外線硬化型接着剤を使用したものと思われます。バルサム切れの補修が行われたレンズを入手する場合、心出しの精度や接着剤の種類が説明されていないものはリスクが大きく、出品者に事前確認しておいた方が無難だと思います。私のように高額で入手したレンズが絞り開放でピントが合わない、画面の片方で像が流れるなどの症状があると大きなショックを受けます。その経験から貼り合わせレンズの補修をする際には細心の注意を払っています。
レンズメーカーで行われている貼り合わせレンズの心出しについて紹介しているwebページがありますので紹介しておきます。
【私が行っている心出しの方法】
私にはこのwebページで紹介されているような装置がないため、リアルタイムで2枚のレンズの中心を確認しながら調整することはできません。そこで、以下の手順で心出し調整を行っています。
(1)2枚のレンズの間に光学接着剤を滴下して貼り合わせた後、接着剤が硬化していない状態でレンズセル内に戻して固定しする。
(2)テストチャートで心出しの状態(ずれている方向と量)を確認
(3)レンズセルの締め付けリングを緩め、貼り合わせレンズのずれを戻す方向に力を加え再び締め付けリングで固定する。
(4)(2)と(3)の作業を繰り返す。
(5)メーカー出荷時の状態を保っている個体と同等のレベルまで心出し調整を追い込んだところで紫外線を照射する。
以上の手順で作業を行うと運が良い時は数回でピッタリ合うこともありますが、そうでないときは10回以上繰り返し、そのうちに接着剤の硬化が始まり最初からやり直しになることも時々あります。 一時は、レンズの側面を3方向からスコヤで押さえ込む治具を作成して心出しを行っていました。この方法でもある程度までは位置合わせができたのですが、メーカー出荷時と同等のレベルを達成することができず、「メーカー出荷時に近い状態に調整しました」としか説明できませんでした。
出品中の個体の貼り合わせレンズに使用した光学接着剤NOA63ともう1種類同様の目的で使用されるNOA61の特性にかかわる情報をまとめたPDFファイルを、以下のリンク先に置きましたのでご興味をお持ちの方はご覧ください。